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『綺麗だね』
 暖かい陽射しに吹かれ“桜”という名の花弁が舞い上がる風に乗って、ふわりと耳元でそう聴こえた気がしてあたしは、その声が聴こえた方を向く。

「大きな樹……」

 ざぁっ。 と、花弁が嵐のように舞い踊る。
 暁は嵐に乱された髪を片手で留めてその桜の樹を見上げた。
 そう言えば、“春”という季節の中でかつて、“日本人”が大好きだった花があるんだよ。
 そんな風に教えてくれた人が居た。……史郎。
 なにかを想い出すという事は、記憶を辿るという事は、こんなにも胸が締め付けられて切ないものだったっけ……。
 ぐっ。と下唇を噛み締めて、見上げた桜の樹にそっと手を伸ばして触れた。それを合図にまるで樹が呼吸をしたかのように、ピンク色の吐息が音を立てて吹雪いた。
 “生きている”植物って、温かいんだね、史朗。

「いっしょに、見たかったなぁ……っ」

 これからどれだけの春を こんな気持ちで過ごさなければならないのだろう。
 これからどれだけの時間ときを あなたのいない巡る季節はるを過ごさなければならないのだろう。
 どれだけ……。 っ⁉︎。
 右の頬をつたって涙がひと雫流れたと同時に、がっ!と勢い良く右腕を引っ張られて目の前が真っ暗になってしまった暁は、引き寄せられたその存在にぐっ。と、口を引き締めて震える声を絞り出すように言った。

「泣いてない」

「はいはい、そーだな」

 暁を抱き寄せた順平は、握った腕を離さずに右手で暁の頭をぽんぽん。と撫ぜ叩く。