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act.3

 『知らないですむことなら、知らないままでいた方がいい。』
 そんな言葉を口にする大人たちが、信じられなかった。
 世界は、知りたいことばかりで埋め尽くされていたあの頃。
 失うという本当の意味を、オレは知らなかった。
 ———— ひとつを知れば、ひとつを失う ————
 どうしてオレは知りたいと、叶えたいと思ってしまったのだろう?

 都心のマンション群のひとつ、最上階の一室から魚の群れのようなネオンを見渡す。
 それはやがて、乳白色の海にのまれるようににじんでいった。

 雨が、降ってきた?

「秋雨、か」

 そういえば、アイツがここを飛び出した時もそうだった。
 もう、1年前になる……。
 オレがまだ蒸し暑さの残る街に、明け方出て行ったあいつの手を力いっぱいつかんだ時に言われた。

『私は貴方とは違う人間なのよ!』
 恋する女は簡単に、好きな男の色に染まるというけれど、あいつは違った。
 押し付けられていると思ったら、何のためらいもなく「がまんできない。」 と、まっすぐな瞳で訴えてきた。
 その気持ちはとてもよくわかった。 オレも、そうだから……。
 振り払われた手が、しばらくそのままつながることはなかったけれど、再び重なり合う日が来たのは、それからすぐにおとずれた。
 迷いはなくなり、互いを支えながらオレたちは今日まで歩いてきた。

「知らなきゃ、幸せだったのか……?」

 ピンポーン。 インターホンが、静かな部屋に響き渡った。

 あいつとオレの、違う夢……。

「霧雨が降ってるわ、外。 はい、おみやげ」

 手渡された、ブルーベリー・ワイン。
 違う場所でしか叶わない夢を、オレとおまえは抱いてしまった。
 一年前にはもう、気づいていた。 わずかな時間しか、残っていないと……。
 気づかなければ、知らなければ……。
 ———— 幸せだった? ————

「そんな、世界の終わりみたいな顔するものじゃないわ」