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 午前6時半を少し回った頃、街は徐々に目を覚まし始めた。
 昨日の蒸し暑さが今朝になってぐっと冷え込んだせいで、コンクリートの熱が蒸発し、朝露となってこの街を乳白色へと染めていた。
 カツン。と、この時間にはそぐわない音が辺りに響き渡る。

「おはようございます。朝から精が出ますね」

 その音の正体はこの言葉の持ち主である、女の履いているヒールとコンクリートとの間に生じた音である。
 そしてその言葉は毎日の日課のように玄関先を掃除している腰の曲がった老婆に向けられたものだった。
 腰の曲がった老婆はユックリとほうきで掃いていた手を止め、皺で垂れ下がっている顔をくしゃくしゃにして微笑し、しゃがれた声を出して言った。

「おやおや、めずらしいこともあるもんだねぇ。 こんな年寄りに話しかけてくれる若いお人がいるなんて……」

 それを聞いた女は老婆の微笑につられたのか自分も柔らかい笑みを浮かべ、老婆を気遣う。

「おばあちゃん、掃除も大切ですけど、ご自身のお体も大切にしてくださいね」

「ほほほ、あたしゃまだまだ大丈夫ですよ。 ありがとう」

 老婆の会釈と同時に女もお辞儀をし、その場を後にするのだった。
 腰まで伸びている軽いウェービーヘアを軽快に揺らしながら歩いていたその女は、とある古いアパートの前で足を止める。

 今日こそはちゃんと話を聞いてもらわなきゃ。

 女はさっきまでの優しい笑みとは似ても似つかない凛とした厳しい表情でそのアパートの一室へと足を運ぶ。
 「日下」。 と、書かれているネームプレートには目もくれずに女はセカンドバッグから鍵を取り出し、がちゃがちゃと建て付けの悪いドアを開ける。