p.1
さわさわと、海風がここ山のふもとへ流れてきます。
微かに、夏の香りを漂わせて……。
「っよう! 住職さん。 今日は空襲こないだろうかぁ」
私の下で私の花びらを竹ぼうきでひとつにまとめながら、このお寺の住職での私の主は肩から滑り落ちそうになった紫のおをそそっと直し、手を休める。
そして白い袖のないシャツに国民服のズボンをゲートルという長靴のような靴にひっつめた中年の男性を見た。
特徴的な長く白い眉毛を一瞬空に向け、主は空を仰いだ。
「……そうさのぅ。今や東京は疎開、疎開で大変じゃと聞いたが……。お前さんは大丈夫なのかい?」
「……とうとう昨日きちまったよ。赤紙が」
国民服を履いている男性は眉間にしわを寄せ、私を仰いだ。
「お国のためさ、しょうがんねぇ。 でもまぁ生きて帰って来てぇからよぉ、こうして“神頼み”に来たんさぁ」
男は首にかけてあった手拭いで、額の汗を拭いながら言った。
「この桜……、大地震の時も無事だったんだよなぁ、住職さん」
雲ひとつない快晴の空。
この空を私は、遠い昔に感じたことがあります。
「えぇえぇ、そうですよ。 今回の大戦も、是非無事であってほしいものです。 なにしろ今年で80歳になるのですから……」
ざぁっと海から潮の匂いを風が運んできた。
あれは……そう、50年位前の事でした。 私もまだまだ青い桜でした。
このお寺はさして変わらず、ただ今と違って私の下で1人の若い青年と少女が、逢瀬を幾重にも重ねて日々を幸福そうに過ごしていた日の事で……。
――――――――
「来てくれてありがとう」
艶のある長い黒髪。その横髪を真白いリボンで結い上げ、紺のに茶色の長靴を履いた少女、サヤは笑顔で俺に向き直った。